2016年11月28日月曜日

NHKの「誤報」

朴槿恵大統領や崔順実を中心とする大規模かつ広範囲な不正や汚職などが明らかになり、40%前後だった政権支持率は10月に不正の決定的な証拠が報道されると急低下、最近では4%という数字を記録した。毎週末、膨大な人が街頭に出てきて退陣を叫ぶデモが続いている。
最初は数千人だったデモの規模は回を重ねるごとに増え、主催者側によれば5回目のデモは首都ソウルでの130万、全国で190万人が退陣を叫んでデモを行ったという。

ところが不思議なことに、日本の報道機関の多くはデモの規模について主催者発表の数字を使わず、警察発表の数字を報じている。ただしほとんどの報道機関は主催者発表の数字も併記するなどしてデモの規模の大きさを伝えているのだが、NHKはなぜか一切主催者発表の数字に言及していない。
たとえばNHKは11月26日のニュースで、ソウルでの集会の規模を「今月12日に続いて、民主化以降、最大規模のおよそ26万人」と報じた。主催者発表のほぼ1/5の数字だ。

主催者発表の数字は参加者の延べ人数、警察発表の数字は特定の時点での人数だそうだ。警察発表の数字は原理的に主催者発表の数字より小さくなる。
しかし、抗議デモの場合、最大何人が同時に集まったかが重要なのではない。どれだけ多くの人が抗議の声を上げたのかが問題なのであって、その意味で瞬間を切り出した警察発表の数字を使うのは不適当だ。それなのに、NHKは警察発表の数字を書き写すだけ。
NHK以外でも警察発表の数字を使う報道機関は少なくないが、ほとんどの場合、主催者発表の数字も併記している。しかしNHKは警察発表の数字を書き写すだけ。

NHKが警察発表の数字にこだわり続ける理由はよくわからない。
だがNHKは「民主化以降、最大規模」と報じていることを想起すれば、どうやらNHKは主催者発表の数を念頭に置いてニュースを作っているらしいということがわかる。

NHKが言う「民主化」は、1987年の民主化抗争のことだ。
1987年6月26日に行われたデモの規模は主催者発表で180万人以上、警察発表では2万2千人というのが通説とされている。
警察発表の数だけを比べれば、2万2千人を超える規模のデモは何度も行われている。たとえば2008年6月10日の韓米FTA反対デモの規模は警察発表で8万人だった。
もし警察発表の数字だけを比べるのであれば、NHKはニュースで「2008年FTA反対デモ以降最大」と報じなければならなかった。いや、先週すでにFTA反対デモの規模を超えているので「12日のデモ以来最大」と報じなければいけないことになる。つまり、史上最大のデモだったと報じなければならない。

警察発表の数字を使えば「史上最大」のはずなのに、NHKは「1987年の民主化以降最大」と報じた。
それならその根拠となる数字は主催者発表の数字でなければいけない。
民主化抗争の主催者発表の数字は180万人以上、韓米FTA反対デモの主催者発表の数字は100万人なので、今回の主催者発表130万人という規模は確かに「民主化以降最大」と言える。
したがって「民主化以降最大」と報じるNHKは、主催者発表の130万という数字の方が現実に近いことを認識した上で、何らかの理由で主催者発表の数字を隠したまま警察発表の数字を報道し続けているということになる。

これは単に数字の相対的な大小の問題ではない。
歴史的な出来事の軽重にかかわる問題だ。
1987年の民衆抗争は、当時の軍事政権を退陣に追いやるほどの大規模なデモだった。今回のデモが民衆抗争時のデモより規模が小さければ、政権を退陣に追いやるほどの規模ではないと解釈することもできる。逆に民衆抗争時より大きいのであれば、政権が危険になる水準の規模だということになる。
花火大会の人出のニュースと違い、どの数字を使うかによって、政治的な意味が変わり、歴史における順位が変わるのだから、いい加減な理由で数字を扱ってはならない。

韓国はもちろん、欧米のメディアも、そして日本でも多くのメディアが主催者発表の数字を併記しているのはそのような理由がある。NHKも、主催者発表の数字を併記するべきだった。
NHKは警察発表の数字しか報じなかったことにより、デモの社会的な意味、歴史的な意味を見失ったばかりでなく、1本のニュースの中で本当は史上最大なのに民主化以降最大と報じるという「誤報」、あるいは本当は130万人なのに26万人と報じるという「誤報」を犯してしまったわけだ。

もっとも、1987年の軍事政権下の警察発表の数字は、決して信頼できるような数字ではない。
しかし警察発表の数字は常に時の権力者によって歪められるものだ。
だから韓国では1987年の民衆抗争の規模は普通、主催者発表の180万人以上という数字が使われる。
実際に今回のデモの規模についても、韓国では誰も警察発表の数字なんて信じてはいない。
今回のデモの原因になった朴槿恵政権の無数の問題の中には、青瓦台が警察や検察に介入して真実を隠し、警察や検察に政権にとって都合が良い情報を流させていたことが明らかになっている。軍事政権下の警察発表が信じられないのであれば、全く同じ理由で警察の発表にも青瓦台の介入を疑わなければならない。警察発表の数字を報道することに意味がないとは言わない。しかし、警察発表がすべてではない。「政府が右と言えば右」というセンスで報道機関が当局の発表を垂れ流すことがいかに危険なことなのかをNHKは理解しなければいけない。

今、目の前で起きている出来事がどのような意味を持つのか、その意味をこれまでの多くの出来事と比べるために数字が使われる。ニュースでどの数字を使うかによって、出来事の意味が変わってくる。
もしNHKが「警察が26万と言ったから26万」というのであれば、報道機関として失格ではないだろうか。今、何が起きているのかを見極めて、意味のある数字を使って出来事の意味をニュースの受容者に伝えることが報道機関の役目だと思う。