2015年12月30日水曜日

ナヌムの家のハルモニは割れているのか?

慰安婦問題の「最終解決」に合意した日韓外相会談についてさまざまな報道が溢れているが、「日韓外相会談の結果に従う」というある元慰安婦の言葉(たとえば産経の記事『元慰安婦「政府に従う」』など)が一人歩きしているのは問題だと思う。
産経以外にも、多くのメディアが「ナヌムの家の元慰安婦の中には政府の決定に従うという人もいる」と伝えていて、ぼく自身、「そうか、割れてるのか」と思った。最初は。

調べてみると、これはテレビで放送された外相会談の発表を見ていたナヌムの家の元慰安婦たちが発言した言葉だ。この様子はYouTubeで映像の一部を見ることができる。元慰安婦ハルモニの発言の要旨は、中央日報日本語版の記事『被害女性ら「満足できなくても従う」「全て無視する」』で読める。

この中央日報の記事によれば、「政府に従う」と言ったユ・ヒナムさんは、その発言の後で「誰も基金設立には応じないだろう」と、前の発言に反する発言をしている。つまりユ・ヒナムさんは最初は「政府に従う」と言ったが、その後、立場を翻したわけだ。ところが、前述の産経をはじめ多くのメディアは、彼女の最初の発言だけを取り出して「元慰安婦も2つに割れている」と書いている。その後の発言はガン無視して。
これに関し、韓国のノーカットニュースは「私たちの意見が割れている? 歪曲報道をするな」という記事でCBSラジオによるイ・ヨンスさんとのインタビューを紹介し、最近ユ・ヒナムさんは体調も悪く、ボケていて辻褄が合わないことを言うことが多いという話を伝えている。
実際に「ボケ」ているのかどうかはわからないし、「ボケ」ですべてを解釈するべきではないだろう。ユ・ヒナムさんは高齢でもあり、癌と闘病中で体調も悪いとすれば、ユ・ヒナムさんの最初の一言だけを抜き出して「ナヌムの家も2つに割れている」とナヌムの家のハルモニの中にも今回の決定を肯定的に受け止める人もいると断定するような報道は、明らかにおかしい。彼女の体調などを考えつつ、彼女の相反する言葉を合理的な解釈して、ぼくなりにリライトをするとすれば、「私はもう長いことはないので、今更何を言っても始まらない。しかし、誰もこんな形の妥結を喜んで受け入れたりはしない」というようなことなのかなと想像してみたりもする。

いずれにしても、少なくともイ・ヨンスさんはナヌムの家のハルモニたちは全員、受け入れられないという立場だと言っている。「歪曲報道をするな」というインタビュー記事のタイトルの通り、「割れている」という報道は誤報というよりも、悪意の歪曲に近い。最近のマスメディアは、政府を批判する言葉だけを並べると怒られるので、言葉のかけらではあっても政府の意に沿う言葉があればそれをクローズアップして「バランス」を取ってみせるような記事の作り方をすることが目立つが、今回もそうしたマスメディアの悪しきバランス感覚の産物なのだろう。

もしかすると、「ユ・ヒナムさんに某団体が圧力をかけて意に反することを言わせたのだろう」などと言い出す人もいるかもしれない。しかし一連の発言は、YouTubeの映像からもわかる通り、多くの記者が見守る中での発言であり、圧力をかけることはできない。
考えられるとすれば、自分の発言の後で、他のハルモニがみんな「受け入れられない」と言っているのを聞いて、「受け入れられない」と言い始めたのかもしれない。普段も言うことがふらふらしていたというのだから、その可能性はある。しかし、もしそうであれば、そのような発言を「割れている」と主張するための材料として使ってはならない。
いずれにしても、「元慰安婦も割れている」という記事は正しくない。今まで報道された内容を総合すれば、「元慰安婦も全員、今回の結果は受け入れられないと言っている」というべきだ。

1 件のコメント:

  1. こういうコラム、すごく大切だと思います。ありがとうございました。

    ただ、最後の文章には「ナヌムの家の」とか「報道を見る限りでは韓国の」とかの形容を入れたほうが、より正確かと思いました。

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