2015年12月24日木曜日

なぜ朝鮮日報のコラムは問題にならなかったのか

産経の前ソウル支局長が書いたしょうもないコラムが朴槿恵の名誉を毀損したという容疑をめぐる裁判は、結局、前ソウル支局長は無罪ということになり、韓国の検察も上告せず、確定した。
裁判はこれで終わったので、今更あれこれ言うことはないのだけど、この間、「産経は朝鮮日報のコラムを引用したのに、なぜ産経が起訴され、朝鮮日報は起訴されなかったのか、おかしいじゃないか」といったフレーズが繰り返されてきた。しかし「産経は朝鮮日報のコラムを引用しただけだ」という産経側の主張には疑問がある。
産経のコラムは確かに朝鮮日報のコラムを「引用」した。しかし「引用しただけ」なのか?
先に結論を言えば、産経は朝鮮日報のコラムを「引用」して、朝鮮日報のコラムとはまったく異なる内容のコラムを書いた。だから産経は起訴されたが、朝鮮日報は問題にされなかったのではないか。

朝鮮日報のコラムは韓国語なので、韓国語を知らない人に「原文を読め」と言っても読めないと思うのだが、原文を読まずに産経がそう言ってるからそうなんだろうと信じるしかないとすれば、この事件は最初から産経のバイアスの中で語られる運命だったのかもしれない。
とにかく、原文のURLを貼っておく。
産経のコラム: http://www.sankei.com/wor…/news/140803/wor1408030034-n1.html
朝鮮日報のコラム: http://premium.chosun.com/…/h…/2014/07/17/2014071704223.html

さて。
産経のコラムは、一応、引用部分の日本語訳相当をカギカッコで明示している。だいたい、原文と似たような感じの日本語に訳されているのだけれど、よく読むと違う。

たとえば、産経は「金室長が『私は分からない』といったのは大統領を守るためだっただろう。しかし、これは、隠すべき大統領のスケジュールがあったものと 解釈されている。世間では『大統領は当日、あるところで“秘線”とともにいた』というウワサが作られた」と引用している。原文の相当部分は「김 실장이 "내가 알지 못한다"고 한 것은 대통령을 보호하기 위해서였을 것이다. 하지만 이는 비서실장에게도 감추는 대통령의 스케줄이 있다는 뜻으로도 해석됐다. 세간에는 "대통령이 그날 모처에서 비선(秘線)과 함께 있었다"는 루머가 만들어졌다」である。原文のニュアンスを反映して意訳するとこうなる。「金室長が『私が知るはずもない(注:漠然とした「わからない」ではなく、「知ることは不可能だ」というニュアンス)』といったのは、大統領を守ろうとしたからだろう。しかし、これは秘書室長にも隠したい大統領のスケジュールがあったという意味に解釈されてしまった(注:直訳では「〜という意味にも解釈された」)。世間では『大統領はその日、某所で“秘線”と一緒だった』という怪情報(注:以下本文参照)が作り上げられた」。
 

微妙な違いなのでわかりづらいかもしれないが、たとえば産経は「풍문(風聞)」も「루머(rumor)」も「ウワサ」と訳している。しかし、韓国語のニュアンスとしては「루머」は「ウワサ」というよりは「怪情報」に近い。もっとストレートに「デマ」と訳してもいいかもしれない。つまりここで「루머」が使われたのは、「このウワサはウソだろうが」というニュアンスが含まれている。
 

続いて朝鮮日報のコラムには「口に出すことすら自らの品格を下げることになってしまうと考える」というほど低俗な怪情報の下りがある。ここは、朝鮮日報のコラムはその怪情報がデマであることを知りつつ、その下品な怪情報を話題にするのは「品格を下げる」ものだという文脈だが、産経はその前に「ウワサとは何か」と問いかける。そして朝鮮日報ではなく突然 「証券街の関係筋」が登場して「それは朴大統領と男性の関係に関するものだ」と書く。
情報ソースが切り替わり、異なる情報の文脈が挟み込まれているわけだ。しかし読者は前からの流れで「ウワサ」の真実性を補強する形で「朴大統領と男性の関係に関するものだ」という情報を提示されることになる。もし朝鮮日報のコラムで使われていた「루머」を「ウワサ」と訳さず「怪情報」なり「デマ」と訳していれば、このような文章の流れにはならない。ここで産経のコラムの読者は朝鮮日報のコラムとは正反対の方向に誘導されるわけだ。
ちなみに「証券街の関係筋」というと、何か裏の事情に通じた人のように思われるかもしれないが、これは俗に韓国で「チラシ」と呼ばれているゴシップ情報紙のことで、まったく信頼できる情報ではない。もちろん、ジャーナリストも「チラシ」の情報を参考にするかもしれない。しかし「チラシ」の情報が何かニュースになりそうなものがあるとしたら、必ず自分で取材する。そして、何かをつかんだら記事にするかもしれないが、まともなジャーナリストなら少なくとも何の取材もせず、「チラシ」を引用するなんてことは絶対にしない。産経のコラムが問題とされる所以は、ここで朝鮮日報のコラムに「チラシ」の情報を何やら信憑性のある情報であるかのように挟み込んだ狡猾さにある。
 

この他にも、原文を細かく付きあわせていけば、この調子の換骨奪胎が至るところに登場する。一見すると朝鮮日報のコラムに登場したフレーズを引用しているように見えるが、結果としては狡猾に文脈をすり替えて異なる印象を与えるような記事になっているのである。
読み方によれば、朝鮮日報のゴミコラムはむしろ朴槿恵に対する「愛情」の発露と読めるかもしれない。「姫! 嘆かわしゅうございます。大統領たるもの、しもじもの者に余計なことを言わせないように、堂々たる態度を取ってください」といったような、批判的な言葉ではあっても名誉毀損どころか、朴槿恵を案じるかのようなコラムなのだ。

それに対して産経のコラムは、虚偽の事実を混ぜ込みながらスキャンダルを増幅し、「朴政権のレームダック(死に体)化は、着実に進んでいるようだ」と結ぶ。緊急事態の時に密会してたらしいな。こんな大統領じゃ、もうダメだね」といったような、上から目線で朴槿恵を卑下するような、傲慢な態度を感じてしまう。

そんなわけで、ぼくは産経のコラムが朝鮮日報のコラムの「引用だ」という見方には強い違和感を感じる。確かに「引用」はした。巧みにその「引用」したフレーズを使って、朴槿恵の周辺を怒らせた。もちろん、これを書いたのが韓国でも「極右系の新聞」として有名な産経の記者だったというバイアスがかかっているとしても、少なくとも朴槿恵支持者にとっては朝鮮日報のコラムは問題になるような内容ではなく、産経のコラムはひどい侮辱として受け止められただろうと想像できる。


それにしても、大統領の資格もない朴槿恵、言論機関としての資格もないような朝鮮日報と産経が三つ巴になって醜態を晒しているわけだが、ここにまた日本政府だの外国のジャーナリストだのがからんできて、ソウル地裁の裁判官はさぞかし判決文を書くのに苦労しただろうと思う。当初の判決日が延期されたのは、何とかして合理的に無罪の結論を導くために、この複雑な連立方程式を解くための時間が必要だったということかもしれない。

0 件のコメント:

コメントを投稿