2013年4月14日日曜日

日本式コーヒー、あるいはコーヒーにおける匠の技

日本式コーヒーをご存知だろうか。

ポットにフィルターをセットし、注ぎ口の細いポットでコーヒーの粉を湿らせて30秒ほど待つ。
粉が十分に湯を含んだところで静かに一投目の湯を注ぐ。
湯温は90度を目安として目的とする味にあわせて温度を調節する。
コーヒーの粉がフィルターの中で形成する壁を壊さないように、数回に分けて静かに湯を注いでできあがり。

あ、それから、飲むときにはブラックで、砂糖も入れないのが日本式(?)だ。

何のことはない、日本では珍しくもないドリップのコーヒーなのだが、これが欧米人の目には何ともエキゾチックに見えるらしい。特に、日本のコーヒー専門店に行くと、一杯ずつペーパーフィルターで入れてくれるのが珍しいらしい。
数年前のニューヨーク・タイムズのコラム、Coffee’s Slow Danceと、この記事を紹介しているThe Kitchenというサイトのコラム、Japanese Slow Brewed Coffeeという文章を読むと、珍しくもないペーパー・ドリップがどうやら実はかなり特異な、しかしちょっとしたコーヒーマニアもうならせるコーヒーの飲み方であることがわかる。
ちなみに日本はアメリカ、ブラジル、ドイツに次ぐ世界第四位のコーヒー消費国だ。

考えてみると、外国で飲むコーヒーは、ちゃんとしたバリスタがいれたエスプレッソを除けば、かなりいい加減なコーヒー、というか、要するに、まずい。どういうことなんだろうと思って調べてみると、外国では日本の専門店のように丁寧にコーヒーをドリップしたりはしないということがわかる。
おいしいコーヒーのいれかた、みたいなキーワードで海外のサイトを検索してみると、ろくなページがない。粉をむらす、なんてことも書いてないし、コーヒーの壁なんて概念もどうやら存在しないらしい。
海外でペーパードリップというと、メリタ式が主流なんだけど、このメリタ式というのは日本で良く見かけるカリタ式と違って、少々細かめに挽いた粉を入れてドバッと全ての量の湯を注いでできあがり、という入れ方をする。最近は円錐形のフィルターも使われているみたいだけど、これも同じように粉を入れて一気に湯を注いでできあがり、という使い方をするらしい。
どこのサイトだったか、ネルドリップの説明がすごかった。

ネルで作った袋に挽いたコーヒーの粉を入れて湯を注ぐ。
以上。

確かに、それでもいいんだけれど、日本人としてはネルドリップというのはドリップコーヒーの極みに位置する方式とされ、素人がむやみに手を出すもんじゃないと思われていたりする。といっても、実際にはペーパーフィルターと基本的には同じなのだけど、ペーパーフィルターの時より湯の通りがいいので、少しずつ湯を注ぐコントロールがちょっと難しい。上手に入れれば、ネルドリップ独特の深いコクのあるコーヒーが楽しめる。

ちなみに、ネルドリップという方式は、かなり歴史が古いらしい。オスマントルコからヨーロッパに入ったコーヒーは、最初のうちはトルココーヒーみたいに粉を濾さずに飲んでいたという。粉が不愉快だと感じたイギリス人が粉を濾すには木綿のフランネルが最適だということを見つけた。
ぼくの勝手な想像に過ぎないのだけど、最初は鍋にコーヒーの粉を入れて煮出し、それをネルで漉していたのではないだろうか。粉を鍋に入れず、ネルのフィルターに入れて湯を注ぐというドリップの発想は、画期的だと思う。鍋で煮だすと、どうしても香りが飛んでしまったり、雑味が出たりする。粉に湯を注ぐことで、コーヒーの香り高いおいしいコーヒーができるわけだ。この時のレシピこそ、「ネルで作った袋に挽いたコーヒーの粉を入れて湯を注ぐ」というものだったんだろう。

その後、ネルの手入れがめんどくさいとか、湯の注ぎ方によって味にばらつきが出ることに注目したのが、ドイツのメリタ夫人。彼女が考案したメリタ式はとても合理的な方法で、粉の挽き目さえバッチリ決まっていれば誰がやっても安定しておいしいコーヒーが飲めるというので世界に広がった。なお、日本でよく見かける三つ穴で側面のリブが長いカリタ式フィルターは、湯が滞留する一つ穴のメリタと違って湯の通りがよく、ネルドリップに近い。そのため、カリタ式では挽き目はメリタ式より粗めで、湯を注ぐ時のコントロールが要求される。
それに対してイタリアでは、 上下の容器を連結して湯が湧いたらクルッとひっくり返すナポリ式のポットがかつては有名だったけれど、20世紀に入って高圧急速抽出という画期的なコーヒーの入れ方が考案されて、モカポット(マキネッタ)や各種のエスプレッソマシンが登場した。イタリア人はケチだけど味にうるさいのでエスプレッソが広がったというが、エスプレッソなら少量の豆でコーヒーのおいしさを完全に引き出すことができると言われる。現在、欧米の高級コーヒーはエスプレッソが主流になっている。
さてアメリカでは、パーコレーターだとかネルドリップやペーパーフィルターが使われていたようだが、その後、便利なコーヒーメーカーの登場で今では手作業で湯を注ぐなんて面倒なことをするよりは、コーヒーメーカーでボコボコと作っちゃうのかもしれない。
余談ながら、アメリカのコーヒー(アメリカン)は、苦味が少ない浅煎りの豆を使うという。これに対して「アメリカーノ」は、第二次大戦でイタリアに進駐した米兵にはエスプレッソが濃すぎて飲めず、湯で薄めたコーヒーだと言われている。
この他、フランス発祥のフレンチプレス、化学実験の道具みたいなサイホン、ジャワを植民地にしていたオランダがジャワのコーヒーを飲むために考案された水出し用のダッチコーヒーの器具など、ヨーロッパにはさまざまなコーヒー器具がある。
まあ、どんな方法であれ、コーヒー豆を挽いて、その粉に湯をかければコーヒーができる。外国人にとって、コーヒーのフィルターなんてのは、粉が口に入ると不快なので、それを取り除くものとしか思われてないのだろう。よく調べれば、それでも海外のサイトにも、フレンチプレスや金属フィルターはコーヒーのオイル分を通すからコクが出るとか、それなりのウンチクを書いてるサイトもあるのだが、フィルターの種類なんかよりはむしろ、おいしさを決める要因としてはコーヒー豆の品質の方に比重が置かれることが多い。

日本式コーヒーは、欧米諸国のように、新しい器具を考案して楽においしくコーヒーを飲もうという発想ではない。ネルやペーパーフィルターといった旧式の方法を使っておいしいコーヒーを飲むための技術を開発し、研ぎ澄まされた匠の技に集中した結果が日本式コーヒーであり、冒頭に書いたような形で定式化された方式で抽出したコーヒーなのだ。
抽出技術をストレートに反映させるには、一度セットしたら触りようがない複雑な器具よりも、ペーパーフィルターのようなシンプルな器具の方が好都合。エスプレッソマシンなんて、バリスタの手が及ぶのは挽き目とタンピングぐらいしかない(というと文句言われそうだ)が、ドリップなら「蒸らし」から湯の量やスピードの配分など、ほぼすべての過程がコントロールできる。同じ豆でもおいしいコーヒーになるか、まずいコーヒーになるかは、ひとえに喫茶店のマスターの抽出技術にかかっているわけだ。

なお前述のダッチコーヒーだが日本ではコーヒー専門店などに置いてあるのを見かけることがある。本来のダッチコーヒーというやつはよく知らないのだけど、一晩かけてゆっくりと抽出する水出しアイスコーヒーも、海外では日本式と言われるらしい。つまり本家のオランダでは、大昔に廃れてしまった方式なのだろう。一滴、一滴と、時間をかけてゆっくりと、丁寧に、というあたりが西洋人には東洋的なエキゾチシズムを感じさせるのかもしれないが、ぼくとしてはあくまでも日本式コーヒーの真髄は研ぎ澄まされたドリップの技術にあると思う。

余談: 抽出法というわけじゃないけど、日本式コーヒーの特徴は「ブラックで飲むべし、この場合ミルクはもちろん、砂糖も入れない」という点と、「純粋なストレートを重んじる、ブレンドは不純な混ぜものコーヒー」というあたりもあると思う。
欧米でブラック・コーヒーというと、ミルクを入れず砂糖だけで飲むコーヒーのことだけど、日本では砂糖も排する。ミルクや砂糖はコーヒーが持つ本来の味を損ない、味がわからなくなるからだ。これはその通りで、コーヒーのカッピングなんかでは当然ミルクや砂糖は入れない。
しかし、これはまあ、好き好きというもので、最終的なコーヒーという飲料をおいしく飲むためにミルクを入れたり、砂糖を入れたり、あるいは先日書いたようにバターを入れたりと、いろんなバリエーションを楽しめばいいのだが、まあ、日本じゃそういうのは「邪道」とされる、ということ。ちなみにぼくは普通コーヒーを飲む時はミルクも砂糖も入れない「日本ブラック」なんだけど、これは好き嫌いというより、いちいちミルクや砂糖を入れるのがめんどくさいから。いい加減な喫茶店でまずいコーヒーを注文する場合、ミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んだりする。
ストレート・コーヒーを珍重するのは、これはあまり良い意味ではない日本的な純粋至上主義じゃないかと思う。ヘタなストレート・コーヒーより、しっかりしたブレンド・コーヒーの方が絶対おいしい。ただし、最近は日本にも上等なスペシャルティ・コーヒーが入るようになって、そういうやつだとストレートでもイケるんだが。なお、ストレート・コーヒーと言っても、並みの出荷地の名前がついた「ストレート・コーヒー」は、出荷地であちこちの農園の味が違う豆がごっちゃまぜにブレンドされているので、考え方によっては一種のブレンド・コーヒーなんじゃないかと思う。

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